【スカルプターズ・ムービー】「いつか見た影絵」を映像として描き出す、ノスタルジックで新しい銀河高原ビールのショートムービー『心の一人旅』

テキスト:神武団四郎 取材協力:大内まさみ(プロデューサ ー)

銀河高原ビールのアートプロジェクトとして2020年にスタートした「Sense of Wonder Museum」。国内外で活躍している映像クリエーターによるショートムービー第3弾『心の一人旅』が、銀河高原ビール公式サイトやYouTubeなどで配信中だ。銀河高原ビールを飲んだ主人公が空想世界に旅立つ姿を影絵で表現した本作を監督したのは、国内外で多くの受賞歴を持ち東京2020パラリンピック開会式の映像ディレクターを務めた牧野惇氏。アニメーションは、文化庁メディア芸術祭・優秀賞に選ばれたストップモーション・アニメ『ごん』を手がけたアニメーションディレクターの八代健志氏が務めている。人形や模型など70にもおよぶ造形物を、スクリーンに投影しながら手作業で作り上げた作品の舞台裏を語ってもらった。

 

INTERVIEW 牧野 惇・八代健志

牧野:フローとしては、まずは銀河高原ビールの方からプロジェクトの説明やターゲット層についてお聞きしました。銀河高原ビールは、みんなで楽しくというより、個性を持った人が自分の時間と空間を楽しむためのビールがコンセプト。物語を部屋の中だけで完結させるのは映像的に面白くないので、部屋にいくつか扉ができて主人公が好きな空間に旅をするという流れを考えました。主人公の趣味として部屋に飛行機などの模型があり、それが空想の世界にもたくさん登場しますが、それは八代さんの趣味です(笑)。と言いますか、『音の庭』を一緒にやっていた時に八代さんが作られていた飛行機などの立体模型を見て、映像に使ってみたいと思っていました。

八代:ラフの絵コンテを見せていただいた時に、私が作った飛行機がすでに描かれていたので、「これは一緒にやるしかない!」と思ったのを覚えています。主人公が趣味の模型の世界に入っていくという設定だったので、実際に作った造形はディテールにもこだわりました。

牧野:『心の一人旅』というタイトルは僕が考えたわけではなく、銀河高原ビールの方に絵コンテの説明をしている時に「うちの目指している方向ですね」という話になり、その中で出てきたんだと思います。あとはキャラクターの年齢を調整したり、風景に自然を使うなど要望が出た部分を修正していきました。

大内:銀河高原ビールというネーミングのとおり自然なイメージを大切にされているブランドだとお聞きしたので、作品の中でも自然の心地よさが入るといいなというお話は打ち合わせで出ましたね。ビールを飲む前の日常と飲んだあとの開放感を対照的に描く部分はそのまま、自然のテイストを入れてほしいということでした。


電車の撮影シーン。車体、扉、つり革、乗客、背景の町並みなど、すべての素材はバラバラに撮影し編集でひとつにまとめられる。


数多く登場する飛行機や気球は八代氏による模型を使用。部位ごとのスクリーンとの距離の違いが立体感を生み出した。

ピントを操ることで生まれる影絵の立体感

大内:牧野さんからご依頼をいただいたのが2021年9月頃、絵コンテができたのが9月の中旬くらい。それから牧野さんのコンテをベースに、立体模型の制作を八代に進めてもらいました。牧野さんにはキャラクターなどの細かなデザインを進めていただきつつ、それを元に大体1ヶ月半かけてTECARATで美術を作り、11月初旬に3日間で撮影しました。

牧野:前回TECARATと一緒に制作したNHK「みんなのうた」の『音の庭』は歌詞があったので多少複雑な世界観でも物語が伝わったと思いますが、今回は次のステップとして“影絵劇”だけで物語を紡ぐことが課題の一つでもありました。

八代:『音の庭』のすぐあと制作にとりかかったので、「こういうところが面白かったよね」とか「こういうところを生かしたいよね」ということはありましたね。『音の庭』で影絵をやってみて、思いのほか生で見るのとは違う立体感が面白くて。フォーカスが合う時にディテールが見えて引き締まるところがかっこよかったので、人形を作る時もそれを意識しました。

牧野: After Effectsで作ったグローで光をまわりこませることで擬似的に影絵っぽさは出せます。でも人形をスクリーンに対して少し斜めにすると、片側がボケて逆側はピントが合う。そうすることで、影絵でもちゃんと立体感が出せるんです。八代さんが作った飛行機の模型はまさにそうで、スクリーンに近い機首だけにピントが合っていたり、トナカイのツノも奥側はちゃんとボケている。そこは大切だし、見せたいなと。

八代:トナカイのツノを横から見た時、レイヤーとして出したいとコンテの段階でしっかり書いてありました(笑)。現場で現象として起きたことを撮影し、編集時に膨らませているから、良いものになるんだと思います。


トナカイの人形。左右の角はレイヤーになっており、片方にピントが合うともう片方はボケることで立体感が表現された。


トナカイを操る牧野監督(左)と八代氏。動きやカットによって胴体は分割して操作する。トナカイの斜め上に見えるのはストップモーション・アニメでも使われる目安棒。

関節を持つ人形で生み出した複雑な動き

牧野:人形の設計について僕はがわ(輪郭)を描いたくらいの感じでしたね。『音の庭』は関節が動く人形がほとんどいなかったんですが、今作はキャラクターがメインで登場し、アクションも多かったのでそこが全く違います。八代さんに半端じゃない工夫をしていただき、すごい人形になったという(笑)。

八代:トナカイなど全て別々のパーツで動くようになっています。もともと牧野さんは自分で人形を作っていたので、僕の方はゆるく任せていただき少しアレンジした感じでした。

牧野:僕が作ったら動かすのに5〜6人必要な人形を、八代さんのアレンジによって、2〜3人で動かせる人形になりましたから。

大内:今回は複雑な動きが多かったので、牧野さんの「こう動かしたい」という部分を押さえつつ、各パーツが連動して動くよう『音の庭』の時に比べ、八代も動きをふまえて人形を作れたと思います。

八代:牧野さんからもらった図面を見て「ここはそういうつもりで託してくれたのかな」と感じながら作りました。ここは狙ってやっているなとか、ここはこちらに考えてくれって意味かなとか。『音の庭』の時、みんなで人形を操った時のなりゆきで出る面白さがあって、その部分は人形をきっちり作りすぎると消されてしまいます。お互いのアイデアを持ち寄って、現場でも話し合いながらブラッシュアップしていきました。

牧野:このチームで影絵アニメーションを作るのは2回目だったので、セッティングや編集に関しても一から考えるということがなく、スムーズに進められました。

八代:歩くとか登るとか飛ぶとか、『音の庭』から比べると演技のバリエーションも広がりましたよね。人形の作りは複雑だけど基本は同じ作業なので、今回もとにかく一生懸命動かすことに尽きるという(笑)。

牧野:飛行機に登るシーンは苦労しましたよね。

八代:たくさんの関節を同時にコントロールできないので、逆になんとか登っている感じの面白い動きになったと思います。

牧野:あそこは操りながら、人形が壊れるんじゃないかと思いました(笑)。あの動きはイメージしたというより「うまくいくかな?」という感じで人形を酷使しながら操っていた気がしますが、偶発的に主人公の感情が伝わるいい動きが撮れました。


スクリーンのサイズが限られるので、人形操作は主に3〜4人で行い、ブロワーで風を吹き付けるなどのアシストを入れ5人体制。撮影は江東区のTECARATスタジオにて3日間で行われた。

銀河高原ビールの「泡」へのこだわり

牧野:印象に残っているのが、美術の能勢恵弘さんが作ってくれた光を映し出すクルクル回る装置。空のシーンで青色の丸い模様が流れていますが、あれは丸い穴をいくつも空けた円筒の内側に光源を入れ回転する装置を使っているんです。穴にセロファンを貼ったり回転速度を変えたりいろんなパターンを撮りました。TECARATの皆さんはいつもオーダーより10倍くらいすごいものを作ってくれるので、僕も撮影や編集の時に頑張らなきゃ、と思います。

八代:僕が印象に残っているのはトナカイの人形ですね。撮影の1日目か2日目に、牧野さんと「関節もうひとつ増やしたらどうだろう」と話をしていたんです。夜中まで撮影をした翌日、牧野さんが「関節増やしたデータ作ってきました」と持ってきてくれました。あの時間からよく描いてきてくれたなと(笑)。

牧野:あと特殊な撮影といえば、ビールは色水で表現しています。本物のビールは炭酸の泡が黒く出てしまうので使いませんでした。

大内:薄いアクリルの水槽に黄色い色水を注いで揺らめく液面を撮ったんです。

牧野:泡はあとから合成ですね。銀河高原ビールは泡と色が特徴と言う話を聞いていたので、そこはこだわりました。影絵なので泡は色付きか黒になってしまうところを、編集で白くしています。銀河高原ビールさんの商品としてのこだわっている部分だったので、こうしたフェイクも混ぜて仕上げています。ここも映像だからできる表現の一つですね。


人形を操作する棒はそのまま画面に残されているが、カットによって数本が編集時に消される。「本当は全部残したいんですが、影絵の場合すべてシルエットで出てしまうので邪魔に感じられるものは消しました」(牧野)

光の玉や光条は、丸い穴を空けた円筒形の装置を使って撮影された。スクリーンとの距離によって、正円から楕円に形が変わる。

ポイントは「そこで鳴っていない音」

牧野:音楽については、エモーショナルでオーケストラのようなイメージを、作曲家の水上樽力さんに伝えました。最終的に主人公の高揚感も伝わる素敵な音楽に仕上げて頂きました。音で言えば、「影絵劇だけで物語をちゃんと紡げるか」という課題の中でSE(効果音)がとても大事な役割を果たしてくれた作品だと思っています。影絵は空中で操るのでどうしてもフワフワした感じになりますが、そこに足音が入るだけで地面を感じられる。あとはトナカイや扉が現れる瞬間に、キーンという音を入れています。

八代:キーになるシーンで何度も使われていましたが、あの音すごく効いていましたね。

牧野:そういう「そこで鳴っていない音」をポイントにしたんです。ずっと一緒にやっているサウンドデザイナーの滝野ますみさんにお願いして、しっかり作ってもらいました。

その道のプロにはない自由な表現

八代:僕的には平面の人形を動かす切り絵アニメーションも好きなんですが、影絵は平らな絵なのにレイヤーというか空間を生かしながら作れるところがいいですね。牧野さんがコマ撮りではなく生でやったYOASOBIの『群青』を見たとき、空間があるからできる面白さというのがすごいなと。影絵はシルエットなのでボケや鈍くなるところが出ます。平面と立体の間にある面白さのかたちなのかなと思います。

牧野:みんなが一度は遊んだことのある影絵を、映像で表現する面白さを感じています。「影絵」の印象って(エッジが)堅いという人も少なくないと思うので、そういう固定概念も覆す面白い作品を作ってみたかったんです。嬉しいことに、影絵をやっている方に最初に作った『音の庭』を褒めていただき、映像で作る影絵に可能性を感じました。僕と八代さんで作ったあの映像は、実際にスクリーンの後ろで動かせと言われてもできませんから。本編の最後にスタッフが人形を動かしているメイキング風のクレジットを入れさせてもらったのは、この作品が人の手で動かしてる影絵だということが伝わればまた見てもらうキッカケになると思ったからなんです。

八代:記憶の中にある影絵らしい部分みたいなものをすくい出し、そこだけを並べていったのがこの作品なんですね。実際の影絵とはまた違う表現になっていると思います。

牧野:普通の影絵だと情報量が限られるというか、動きもデザインも制限があるので、影絵をやっている方にも「あれはどうやってやったのか」と訊かれて嬉しかったですね。その方は影絵のプロだし、八代さんもストップモーション・アニメのプロなんですが、僕はどちらの道のプロではないのでその点では曲げられないこだわりみたいなものがないのかもしれません。

八代:その世界の人だと「こうあるべき」とこだわるところを、固執せず客観的に記憶にあるものを抽出しているのがいいところだと思います。

牧野:そうですね。「こんなの影絵じゃない」と言われるかもしれませんが、僕としては本気で影絵を作るというより映像としてとらえていますから。でも一貫しているのは、誰もが知っているものを使いたいということです。僕が影絵や人形劇に惹かれるのは、昔の記憶とつながっているからなんです。


人形と人の手を入れる表現を得意とする牧野監督。今作では主人公の手のほか手がチェアーとして使われた。平面の中に人の腕(服の袖)がそのまま出てくるとその生っぽさに違和感が出るため、板を当てて腕の部分を平面化した。「手の立体感は生かしたいけど腕の立体感は出したくないので、平面に落とし込みたくて工夫した点です」(牧野)

 

 

PROFILE

牧野 惇 Atsushi Makino (映像ディレクター・アートディレクター)
1982年⽣まれ。チェコの美術⼤学UMPRUMTV & Film Graphic 学科、東京藝術⼤学⼤学院映像研究科アニメーションコース修了。実写・アートワーク・アニメーションの領域を⾃在に跨ぎ、映像ディレクション、デザインまで総合的に⼿掛ける。

Annecy(フランス)、Golden Kuker-Sofia(ブルガリア)、ANIFILMなどを始めとした国際映画祭での受賞/招待上映や、ACC、ADFESTなど広告祭での受賞多数。 2017年、CJ E&M Corp.(韓国)が主催するアジア最⼤級の⾳楽アワード「Mnet Asian Music Awards」Professional Categoriesにおいて、Best Video Director of the year受賞。 2018年、「第61回 ニューヨークフェスティバル」にて、⾦賞 (World Gold Medal) 受賞。2021年、「映⽂連アワード 2021」にて、準グランプリ受賞。

<WORKS> 東京2020パラリンピック開会式(映像ディレクター) 、NTTドコモ「ahamo はじまるよ」篇 CM、YOASOBI「群⻘」MV、 ペンタトニックス「ミッドナイト・イン・トーキョー feat. Little Glee Monster」MV、NHK Eテレ オープニング・クロージング映像 他。

<HP> https://ucho.jp  <Twitter> https://twitter.com/atsu_maki

八代健志 Takeshi Yashiro (映像ディレクター・⼈形アニメーター)
1969年秋⽥県出⾝、1993年東京芸術⼤学デザイン科卒。太陽企画(株)にて、CMディレクターとして実写を中⼼に活動する傍ら、様々な⼿法のストップモーション・アニメーションを扱い続ける。2015年に【TECARAT】を⽴ち上げ、現在は⼈形アニメーションを軸⾜に活動。脚本・監督のほか、美術、アニメート、⼈形造形なども⼿がける。『ごん GON,THE LITTLE FOX』(2019)は、約160以上の国際映画祭にて受賞・オフィシャルセレクションに選出。最新作『プックラポッタと森の時間』(2021)は、毎日映画コンクールアニメーション部門にて大藤信郎賞受賞。文化庁メディア芸術祭アニメーション部門にて審査委員会推薦作品に選出。

<WORKS>「11⽉うまれの男の⼦のために。」(12)、「薪とカンタじいじいと。」(13)、「ノーマン・ザ・スノーマン〜北の国のオーロラ〜」(13)、「眠れない夜の⽉」(15)、「ノーマン・ザ・スノーマン〜流れ星のふる夜に〜」(16)、「ごん GON, THE LITTLE FOX」(19)、最新作は「プックラポッタと森の時間」(21)

<HP>tecarat.jp <Instagram>instagram.com/tecarat_studio/
<Twitter>twitter.com/tecarat1 <Facebook>fb.me/tecarat.taiyo

銀河高原ビール『心の一人旅』映像制作

Director & Illustration:牧野惇(UCHO)
Animation Director:八代健志(TECARAT)
Animator:牧野惇(UCHO)、八代健志(TECARAT)、能勢恵弘(TECARAT)、中根泉(TECARAT)、大内まさみ、川瀬万由未、野田未莉亜
Cinematographer:幡野史雄(みこし)
Lighting Director:森下善之(みこし) 、畑辰郎(みこし)
Art Department:八代健志(TECARAT)、能勢恵弘(TECARAT)、中根泉(TECARAT)
Sound Effect:滝野ますみ
Music & Piano:上水樽力
Cello:成田七海
Music Recording & Mixing:森田秀一(Reborn Wood Studio)
Online Editor:渡邉秀久(+Ring)、板橋知也(+Ring)
Sound Mixer:辰巳茜璃(+Ring) 、久保七海(+Ring)
Producer:大内まさみ
Production Manager:川瀬万由未、野田未莉亜
Production :太陽企画(株)