
ハサミ作家の佐藤聖也さんに聞く制作秘話の後編!
※前編はこちら
前編ではハサミ制作のワークフロー、メイキングを大公開!また、制作時間約500時間の「ハートの女王のハサミ」についての制作秘話をお聞きしました。
今回の後編ではハサミの魅力や、こだわりなどについて語っていただきました。
INTERVIEW 佐藤聖也
ハサミ作りを始めたきっかけを教えてください。
作りたいと思ったのは10代の学生時代です。
もともと金属表現に憧れがあり、工芸系の専門学校(
そこで木工・金属工芸・ジュエリー・陶芸などを勉強しながら、
ジュエリー制作が一番楽しいとは思いつつもサイズの制約が大きく
どこまで手作業でやっていますか。
最初(えんのこ、アンティーク調のハサミ、巻貝のハサミなど)は金属の板材を中心に手作業で切ったり削ったりというやり方で制作していました。かなり金属工芸よりだったかと思います。
卒業制作の際に学校の設備でこそできる表現を試したいと思い、ステンレスの丸棒などを火に入れ金槌で形を作っていく制作なども試しました。
卒業後、板金工場で正社員をしながらの制作だったため時間が確保できず、3Dプリンタを購入しました。指輪を制作しながら3Dプリンタ出力品の鋳造(金属化)へ向けて2年ほど試行錯誤を繰り返し、持ち手は3Dプリンタ出力品を工場に渡し型取りから鋳造までを依頼するようになりました。
ブレード(ハサミの刃の部分)はSUS440Cという焼き入れによって、刃物に十分な硬度が得られる素材を自分で削りだして鏡面などに仕上げています。ナイフメイキングにかなり近い工程かと思います。基本的にはレーザー切断を外注し、切削から焼き入れ、
焼き入れについて、
工場から納品された銀や真鍮製の持ち手とブレードをロウ付けや溶接によって接合し、研ぎなどの仕上げを行っています。振り返ってみると、持ち手はシルバーアクセサリーなどで十分に開発された分野で加工できているので、デザインができればあとは外注によってある程度形作れています。
反対にブレードは元々職人的スキルによって成形から研磨まで行う人が多く、情報も比較的少ないので多くの研究時間と加工時間を使っています。
恐らくぱっと見の印象では持ち手こそ大変そうに思われるかもしれませんが、試作で強度や重さのバランスを考える工程を乗り越えればブレードほど大変ではありません。
ハサミによって金属は使い分けていますか。
持ち手は加工性、美観、耐久性、素材としての品位からシルバーを多く使用しています。銀製品は一説によると紀元前3000年前から出土されているので、永い時間形を保ち続けた実績があり、そのロマンから好んでいます。他にも真鍮やステンレスを使用しています。
ブレードはSUS440Cと呼ばれる、ステンレス鋼の中で最も硬く焼き入れできる鋼材を使っています。切れ味が良いので今後も出番は多いかと思います。
この素材を選ばれた理由と、切れ味を出すためにこだわられていることは?
鋳造された金属は液体から固体へ除熱によって固まっています。その状態では金属密度が低いので分かりやすいところでは日本刀のように叩く作業などの圧力(他の意味もありますが)によって金属密度を上げて、強度を高めています。
私が使用している板材はローラーの強い圧によって伸ばされていて金属密度が高まっています。
他にも大きな要素として金属素材に対して炭素やコバルトなど、様々な配合によって硬さなどが非常に大きく変化するので、ハサミに合った材料を色々試して選んでいます。
作業的にこだわっているのは刃と刃が擦れ合う面に裏スキと呼ばれる凹みをつけているところです。これによって擦れ合っている面積が減り切れ味が上がります。
作業中最も技術力が必要で、毎回裏スキを入れる前に練習台となる端材で練習して感覚を取り戻してから作業しています。
それでも納得のいかない仕上がりになることがあるので一番失敗作しやすい工程になっています。
ハサミを制作するとき特に意識していることは?
作品すべてに共通するのは装飾的で実用的なハサミであるというところです。
所有者にとってお気に入りのインテリアであることも嬉しいですが、やはり理想的なのは毎日実用的な道具として使用していただくこと。そのたびに金属の重みや冷たさから所有している喜びと作品に込めた世界観を思い出していただけると本当に嬉しいです。
デザインはどこからインスピレーションを受けていますか。
幼少期から家にある1万冊ほどの漫画に囲まれて育ってきました。
創作の世界が魅せる非現実的で自由な表現や、時代や地理を超えた想像に対して人間の脳が感じる理想郷的な美的感覚は今までもこれからもずっと自分の根幹に宿っていると思います。現代の日本生まれの作家ならではのアイデンティティーでもあるのかなと思います。
一番お気に入りのハサミはどれですか?
「ハートの女王のハサミ」のクオリティ
「鮮やかな毒のハサミ」の鮮烈さ
「巻貝のハサミ」の暖かさ
がそれぞれ好きです。
巻貝のハサミは、学生時代の3Dプリンタを使用する前の作品で、分厚い真鍮板を手やすりで削りだすというアナログで時間のかかるやり方で制作した数少ない作品です。
緩やかな3次曲面の構成による精神的なフィット感はデジタル上で発想しづらく、就職後にやろうと思っても時間がなくて完成できなかったと思うので今でも眺めては得るものがある作品です。
使用ソフトや3Dプリンタを教えてください。
使用ソフトは高校生の時に独学で習得したBlenderとSculptrisを使用しています。卒業して3Dプリンタを買った少し後にZBrush Coreを購入しました。新入社員としては苦しい投資でしたが、すべて今も役に立っています。
3DプリンタはPhrozen Shuffle 2018を購入し、その後ELEGOO Mars 2 Proに変更しました。
鮮やかな毒のハサミはどのように彩色していますか。
鮮やかな毒のハサミは特徴的な虹色の金属光沢をまとっています。水たまりにガソリンなんかをこぼした時の体に悪そうだけど綺麗な虹色にインスピレーションを受けて制作しました。
最初は車のカスタムなどに使われるような偏光塗料を塗装することで虹色を得ようとしましたが、ラメの粒感がどうしてもチープで逆に細かい粒子のものはそもそも偏光作用が弱いということや、塗膜は金属より強度が低く落としどころを見つけられませんでした。
光の原理を解明していくと、プリズムやシャボン玉の輪郭のような偏光作用で虹色を見せられるということにたどり着いたので、具体的な工業製品などからヒントを得て酸化チタンのスパッタリング処理による成膜を行える業者を探し依頼しました。
銀鏡面に磨かれたハサミを工場に支給し、帰ってくると虹色になっているという流れです。金額を具体的に言うことは出来ませんが工場の最低ロットを試作のために使っていただいてるので結構凄かったです。作品として完璧を求めるにはコストが高すぎるので資金調達が上手くいくまで販売はできないだろうと思います。
尊敬するハサミ・刀作家はいますか?
圧倒的な個性の exceptional edges 、デザイン性・実用性としてはZWILLINGの事務ハサミ、日本のメーカーではネバノン 135mm NBN-135が一番作業性がよさそうだなと思いました。
個人で装飾的なハサミをやっている方を見たことはないので、もしいらっしゃったら是非教えていただきたいです。
ハサミ以外では、Piari🕯さん、彫刻切り絵 輿石孝志さん、斑鳩-ikaruga-(線画師)さん、海嶌あありすけさん、画家木原千春 さん。
世界的な方でいうと、ルネ・ラリックさん、ルイジ・コラーニさん。
佐藤さんにとって「ハサミ」とは?
「ハサミ」はどの家庭でも一般的な文房具として常備されている道具です。
美容師向けのハサミは「シザー」、手術用のハサミは「剪刃」、植木や服飾の職人が使うハサミは「鋏」である場合が多いと捉えています。
日用品として道具としてそばに置けること、装飾的なハサミの作家をほとんど誰もやっていないからなどの理由で制作を始め、作り続けるうちにハサミに対して他の道具には無い印象が共通認識として宿っていることに気づきました。
それはイベントのテープカットのシーンにおける華やかで新しいものを切り開くイメージや、美容室で気分一新の役割を担う銀一色のプロの道具など、未来へ進行する変化をより良いものへ昇華する印象です。
その一方でネガティブな面もあり、
これらの感情に対して未熟な私自身と私の想像する理想は共に「ハサミ」によって表現され、昇華できる感覚でありました。ポジティブもネガティブも人間の美しさそのものであり、特にネガティブに対して抑圧するのではなく、表現によって昇華され愛されるものであると証明したいです。
夢は、美容師向けのシザーやイラストとのコラボ作品
よくご要望いただくのが美容師向けのシザーについての問い合わせ
私が一人で美容師のシザーを制作、販売、修理、
デザイナーや絵師の方とコラボしてみたいとも思っています。
ハートの女王のハサミは何も妥協せずに最高のクオリティで作った
上記の実現のためにもう少し一人で作った作品を増やしたいと思っ
Profile
佐藤聖也
2017年 職人力展 教育委員長賞 受賞
2018年 北海道芸術デザイン専門学校 クラフトデザイン専攻 卒業
Twitter:@f9u6yq
常設展示ギャラリー https://shisui-tea.jp/