【スカルプターズ・ムービー】我々の時代の新しいおとぎ話を作る——禁断のネイチャースリラー『LAMB/ラム』に込めたヴァルディミール・ヨハンソン監督の思い

※こちらの記事はネタバレを含みます。

テキスト・神武団四郎
取材写真・岡本麻衣

人里離れた土地で暮らす羊飼い夫婦と、人ならざるもの出会いを描いた北欧生まれのファンタジー『LAMB/ラム』のブルーレイ&DVDが、いよいよ3月3日にリリースされる。ノオミ・ラパス主演、A24北米配給の本作は、幻想的な映像と観る者に解釈をゆだねる神秘的な展開、衝撃のラストシーンでも話題を呼んだ異色作。この物語はどのように発想され、どう映像化されたのか、そして羊と人とのハイブリッド“ラムマン”とは何者なのか?本作で長編デビューを飾ったアイスランド出身のヴァルディミール・ヨハンソン監督に『LAMB/ラム』のバックストーリーを聞いた。

 

INTERVIEW

——映画はどのように発想されたのでしょうか?

頭に浮かんだ漠然としたイメージありきでした。それを具体化するために、様々な絵画や写真を集めたり自分でドローイングしたり写真もたくさん撮りました。それはこの映画のムードは何か、必要な要素は何なのかを見極める作業で、つまり自分が作ろうとしている映画探しの旅のようなものですね。ストーリーも最初はいくつかの断片的なアイデアがあるだけでしたが、ムード探しをする中で、農家の夫婦やアダ、ラムマンが生まれてきたんです。プロデューサーのフレン・クリスティンストドティア、サラ・ナシムが作家で脚本家のショーンを紹介してくれたことから、どんどん具体的になっていきました。

——物語はアイスランドの民話の影響を受けているそうですね。

そうですね。ただ特定の民話や昔話を元にしたわけではありません。アイスランドにはたくさんの民話があり、よく読み込んでみると同じことを語っていたり物語の構造が似ているところがあるんです。たとえばクリスマス・イヴになると何かがやってくるとか、悪いことが起きたり、動物がことばを話しはじめるといったもの。そんな民話の共通点や断片にインスピレーションを受けました。ただしアダやラムマンは民話には出てきませんけどね。ショーンもアイスランドの民話にとても詳しかったので、お互いアイデアを出し合って物語を構築していきました。

——ハリウッド映画の美術や特殊効果にも参加していますが、ヨハンソン監督にとってビジュアルは映画作りの要なのですか?

自分にとってビジュアルやデザインは映画のもっとも重要な部分です。昔からいろいろな映画や絵画を見てきましたし、美術や特殊効果の現場を経験する中で色彩設計を含めディテールの重要性を学びました。ですから私の映画作りはまず絵コンテを作成し、何度もやり直しながら見極めていくのです。アダもそうやって生まれたキャラクターで、何ができるのか、どこまで表現が可能なのかを試行錯誤していきました。『LAMB/ラム』が幸運だったのは、準備期間をたっぷり取れたことですね。特殊効果や視覚効果だけでなく、子供や動物たちと撮影をしなければならないとわかっていたので、その準備がしっかりできてよかったと思います。

——アダは10人の子役が演じたそうですね。

生後数ヶ月の赤ん坊から5歳まで、10人の子供たちが演じてくれました。彼らと接する中でそれぞれの特性が見えてきたので、アダを大まかな8つのシチュエーションに分け、走るシーンはこの子、ダンスのシーンはこの子と向いている子に演じてもらいました。子供たちは時に思いがけない行動をとるので、その意外性もアダに命を吹き込んでくれたと思います。子供たちの他に4匹の子羊もアダを演じています。アダは産まれたばかりの第一章から二章目、三章目と成長していく設定なので、彼らが狙いどおりの大きさに成長するまで時に撮影を休止したりもしたんです。子供と羊のほかにパペット、CGも使い、多くのシーンでそれらを使い分けました。撮影は思い通りに進まないことも多かったので、忍耐強く頑張ってくれた俳優陣やクルーには本当に感謝しています。

——ラムマンについてお聞かせください。

ラムマンは人知を超えた、我々にはコントロールできない存在です。マリアにとってアダとの出会いをあたえてくれたラムマンは、自分をより幸せにしてくれる存在を象徴しています。しかし幸せを手に入れたいっぽうで、彼女や夫イングヴァルはその幸せはいつまでも続くものではないと感じていたと思います。イングヴァルが死んだのはマリアが母羊を殺したからだという考え方もありますが、殺さなくても何も変わらなかったでしょう。ラムマンがとった行動はマリアの行いに対する罰ではないからです。果たしてラムマンとは何者なのか?不自然な存在だという方もいれば、自然の脅威を象徴する存在だと思う方もいるようですが、その解釈は映画をご覧いただいた皆さんにお任せしたいと思います。

アダとラムマンのラフスケッチ。アダは人間の子供と羊、羊の頭部や手足のパペットを併用したハイブリッド。ラムマンは造形物の頭部をかぶったアクターの体に体毛を貼って撮影された。視覚効果監修のピーター・ヨルトによるとクリーチャー作りでテーマにしたのは「人間の体に閉じ込められた動物」

——ラムマンの神秘的なデザインや造形は、デンマークのメイクアップ・エフェクト・アーティストのモルテン・ヤコブセンさんですね。

そうです。手法としては造形というより特殊メイクに近いですね。頭部はマスクで目は作りものですが、体はスーツを使わず俳優の体に体毛を貼り付けています。デザインにあたっては自分の拙いドローイングや参考写真など渡し、やり取りしながら方向性を見極めていきました。ラムマンのデザインで私がこだわったのは角ですね。実はあの角はアイスランドの羊特有の形をしているんです。頭だけ見るとアイスランド羊ですが、全身に引くと人間の体をしている、というイメージを持っていました。


ラムマンのデザイン画。ヨハンソン監督のこだわりでラムマンの角はアイスランド羊の角と同じ形にデザインされた。

——いま映画をふり返って思うことはありますか?

私にとって最初の長編だったのでストレスも強く、初日に撮影の荷物を積んだトラックが来た時には胃が痛くなってきました。でもアイスランドの映画界は狭いので、まわりのスタッフは知人や友人などほとんど知っている人たちばかり。一週間もすれば撮影を楽しめるようになりました。先ほどラムマンが神秘的に見えるとおっしゃいましたが、それはこの映画が民話や昔話のエッセンスを持っているからでしょう。映画を作ったあとで気づいたことですが、私は『LAMB/ラム』を通して我々の時代の新しいおとぎ話を作ろうとしていたんじゃないかと思っています。

マリア(ノオミ・ラパス)たちがアダを探す長いトラッキングショットは、荒れ野にレールを敷いて撮影された。

羊や犬、猫といった動物たちの名演も光った本作。羊はロケセットを汚さないよう撮影時以外はおむつを着けていた。

 

アダのデザイン画。成長に合わせて等身が変化しているのがわかる。

 

LAMB/ラム

Prime Videoにて独占配信中

Blu-ray&DVD
3月3日(金)発売
発売元:クロックワークス
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©︎ 2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON

 

【STORY】
山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。ある日、二人が羊の出産に立ち会うと、羊ではない何かが産まれてくる。子供を亡くしていた二人は、“アダ”と名付けその存在を育てることにする。奇跡がもたらした”アダ”との家族生活は大きな幸せをもたらすのだが、やがて彼らを破滅へと導いていく—。

【CREDIT TITLE】
監督:ヴァルディミール・ヨハンソン
脚本:ショーン、ヴァルディミール・ヨハンソン
製作:フレン・クリスティンスドティア、サラ・ナシム
出演:ノオミ・ラパス、ヒルミル・スナイル・グズナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン

2021年/アイスランド・スウェーデン・ポーランド/カラー/シネスコ/アイスランド語/字幕翻訳:北村広子/原題:LAMB/106分/R15+

配給:クロックワークス 
提供:クロックワークス オディティ・ピクチャーズ 
宣伝:スキップ

 

©︎2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON