【スカルプターズ・ムービー】ホン・ギョンピョ撮影監督が語る『流浪の月』の映像表現

季相日監督の圧巻の新作、『流浪の月』。静謐で緊張感のある映像の中に強い感情のうねりを映し撮ったのは、『パラサイト 半地下の家族』『バーニング 劇場版』『哭声/コクソン』『母なる証明』 など、韓国映画史に名を残すトップ撮影監督、ホン・ギョンピョ。李監督とは映画『パラサイト 半地下の家族』の撮影現場ではじめて挨拶を交えたという。公開にあたり、初の日本撮影の現場、撮影方法などを語った。

 

『流浪の月』

全国公開中! 
配給:ギャガ
©2022「流浪の月」製作委員会

 

STORY

雨の夕方の公園で、びしょ濡れの10歳の家内更紗に傘をさしかけてくれたのは19歳の大学生・佐伯文。引き取られている伯母の家に帰りたがらない更紗の意を汲み、部屋に入れてくれた文のもとで、更紗はそのまま2か月を過ごすことになる。が、ほどなく文は更紗の誘拐罪で逮捕されてしまう。それから15年後。“傷物にされた被害女児”とその“加害者”という烙印を背負ったまま、更紗と文は再会する。しかし、更紗のそばには婚約者の亮がいた。一方、文のかたわらにもひとりの女性・谷が寄り添っていて……。

 

INTERVIEW ホン・ギョンピョ(撮影監督)

——『流浪の月』に参加することになった経緯は?

今回、ポン·ジュノ監督を通じてオファーを受け、李監督から作品について、電話で詳しく話をしてもらいました。彼の作品はこれまでにも見ていて、特に印象深かったのは『怒り』です。

この映画は、世間の枠からはみだしている特別な人々の物語です。断絶と抑圧、苦痛を経験した孤独な男女。そんな物語に共感し、撮影に参加することになりました。

この作品では事前にコンテを決めず、リハーサルを念入りに時間をかけて行いました。俳優たちの演技にあわせて監督と話し合いながらコンテとカット割を決めています。だからほとんど全てが現場で即興的に決まったと思います。そういう撮影方式を楽しみながら撮影しました。李監督は非常に感性豊かでスマート、そして映画に対する情熱があり、徹底的にこだわる監督でした。
 

——撮影機材について。

撮影にはARRI LF 4Kとシグネチャープライムレンズを使いました。ARRI LF 4Kはラージフォーマットの4Kセンサーを搭載した解像度の高いカメラです。『流浪の月』はマンションやカフェなど室内のシーンが多いため、狭い空間でワイドショットを撮ってもディストーション(歪み)がなく、フォーカスアウトの描写がとても素晴らしいシグネチャープライムレンズを選択しました。

——撮影で印象に残っていることは?

日本の俳優の皆さんの集中力です。撮影の間中、途切れさせることなくキャラクターに溶け込もうとする姿がとても印象に残っています。更紗は世間の偏見と抑圧ゆえに自分の感情を抑え込むことに慣れている女性ですが、文と再会した後に内面に起きる変化を見事に表現してくれたと思います。様々な理由で世間と断絶して生きる文は、絶対にバレてはいけない秘密をさらけ出したラストシーンの演技に拍手を送らざるを得ません。亮は登場人物のなかでは最も日常的で平凡なキャラクターですが、心に秘める暗い一面をうまく表現してくれたと思います。谷は短い登場でしたが強烈な印象を残す演技でした。子供の更紗は文とともに映画の序盤を引っ張っていく重要な存在で、大人顔負けの演技を見せてくれました。全ての登場人物の心のなかに、秘められた感情、抑えつけられた感情が存在します。そのような演技は俳優にとってとても難しいものだと思いますが、俳優たちは巧みに感情をコントロールし、爆発させる瞬間を見事に見せてくれたと思います。

記憶に残るシーンは湖と出会いの場面。湖は青木湖で、3日間で様々な時間帯に複数の重要なシーンを撮影しなければなりませんでしたが、不安定な天気のなかで、企図したシーンをうまく撮れたと思います。出会いのシーンについては、どのように描けばいいか監督と長く対話を重ねていましたが、撮影当日に台風がロケを直撃し、続行すべきか悩みながらも何とか撮影に挑み、運よく光、雲、雨を捉えることに成功しました。ふたりの運命的な出会いを映像に収めることができたと思います。
 

——日本での初めての撮影はどうでしたか?

風光、風景が韓国とはまるで違うため、新しいイメージを撮ることができました。

韓国での撮影よりスケジュールがタイトで身体は少々疲れましたが、太陽、雲、月、空などの自然風景、それに街の色合いや建築物のテクスチャーなど、全てが新鮮でした。

水、月、鳥はシナリオにもよく登場するイメージなので、できるだけカメラに収めようとしました。特に美しい月は、できるだけたくさん撮ろうと努めました。美しいスカイラインをマジックアワーに撮ろうとして、助監督にはずいぶん苦労をかけました。時に爆発力のある、吸い込まれるような美しいラブストーリーを作るために、ワンカットワンカットに心を込めて真剣に撮影に臨みましたので、美しい映画として記憶されることを願っています。
 

Profile

Hong Kyung Pyo
1989年『墜落するものには 翼がある』の撮影助手として初めて映画撮影に参加する。98年、インディペンデント映画『夏雨燈』で撮影監督デビュー。以降、『ブラザーフッド』(04)、『母なる証明』(09)、『哭声/コクソン』(16)、『バーニング 劇場版』(18)など、韓国映画史に残る傑作を次々と手がける。なかで、2019年の『パラサイト 半地下の家族』はカンヌ映画祭で韓国映画史上初めてのパルム・ドール(グランプリ)を、また非英語作品として史上初めての米国アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞・国際長編映画賞に輝いた。2019年、大韓民国文化大衆芸術賞で大統領表彰。

 

CAST

広瀬すず 松坂桃李
横浜流星 多部未華子 / 趣里 三浦貴大 白鳥玉季 増田光桜 内田也哉子 / 柄本明

 

STAFF

監督・脚本:李相日
撮影監督:ホン・ギョンピョ 音楽:原摩利彦 製作総指揮:宇野康秀
製作エグゼクティブ:依田巽 製作:森田篤 プロデューサー:朴木浩美 エグゼクティブプロデューサー:小竹里美、髙橋尚子、堀尾星矢 ラインプロデューサー:山本礼二 美術:種田陽平、北川深幸 照明:中村裕樹 録音:白取貢 音響効果:柴崎憲治 編集:今井剛 装飾:西尾共未、高畠一郎 キャスティングディレクター:元川益暢 衣裳デザイン:小川久美子 ヘアメイク:豊川京子 制作担当:多賀典彬 助監督:竹田正明 韓国コーディネーター:鄭信英 音楽プロデューサー:杉田寿宏 宣伝プロデューサー:依田苗子、新田晶子
企画・製作幹事・制作プロダクション:UNO-FILMS 共同製作:ギャガ、UNITED PRODUCTIONS