
テキスト:幕田けいた/スカルプターズ・ラボ編集部
写真:長尾真志
現代美術のトップランナー・小谷元彦。国内外で高く評価されているアーティスト・小谷は、映画から多くの影響を受けてきたという。小谷が考える「怖い映画」そして、その原初体験とは?『スカルプターズ・ラボ05 怖い造形特集』発行記念に、映画を偏愛する小谷に、恐怖映画ベスト3を語ってもらった!
モンスターは自分の内側にいる
——小谷さんにとっての「恐怖映画の怖さ」とは、どういうものでしょうか。
想像力こそが「恐怖」を駆り立てるのだと思います。逆に言えば、視覚だけでは捉えきれないもの、まとわりつくような雰囲気や、正体の定まらない未確定なものが存在している状態こそが、恐怖映画の核心なのではないでしょうか。映画での恐怖の描き方とは、得体の知れない何かとの遭遇なのだと思います。
——造形やビジュアルの面で、怖い映画もたくさんありますね。
80年代のホラー映画ブームの時にSFが特集された雑誌が刊行され、B級ホラーもたくさん紹介されてました。当時のゴア(流血・特殊メイク)作品は、リアルに見せようとしても、技術や素材にはまだ限界がありました。しかし、その不完全さゆえに、見世物の負の側面ともいえる「見てはいけないもの」の感覚や生々しい質感を、かえって強く伝えていたように思います。ハーシェル・ゴードン・ルイス監督の作品は、最初に静止画で見た時、すごく怖かったですよ。
——「ゴア映画のゴッドファーザー」と言われているカルト的人気の血みどろの監督ですね。
『悪魔のかつら屋』(67)は、高校1年生くらいの頃に観ました。当時はまだホラーへの耐性が弱くて、肝心な場面は怖くて直視できなかったのを覚えています。その後、静止画やSFXの舞台裏などを何度も見てるうちに少しずつ耐性がつき、ようやく作品全体を観られるようになりました。いわゆる暴露療法みたいなものですね。
振り返ると、自分の原初体験の中にはああいった映像体験が深く刻まれているように思います。その時期に受けた強烈な印象が、現在の「怖い」や「不気味」という感覚と確実につながっているのでしょう。
そして、それは自分だけではなく、多くの人の潜在意識にもどこかで触れているものなのではないか、そんな気がしています。

『悪魔のかつら屋』(67) 出典:Filmarks(https://filmarks.com/movies/44735)
——これまでご覧になってきた映画で、もっとも怖い作品を3本挙げるとしたら?
恐怖映画ならトビー・フーパー監督の『悪魔のいけにえ』(74)がダントツかな。最初、ヒッチハイカーが来るところから、もう最高です。絶妙に誇張されたキャラクター、映像の美しさ、音も含めて映画全体が醸し出す心理的圧力のかけ方とか。夕焼けのバックで唸りを上げるチェーンソーは、映画史上最高のラストシーンです。2本目はフランス・イタリア共同製作の『顔のない眼』(60)ですね。
出典:松竹チャンネル/SHOCHIKUch 映画『悪魔のいけにえ』 4Kデジタルリマスター 公開50周年記念版|予告(https://www.youtube.com/watch?v=ryh3mVsB-ME&t=4s)
©MCMLXXIV BY VORTEX,INC.

『顔のない眼』(60) 出展:Filmarks(https://filmarks.com/movies/44735)
——交通事故で顔全面に火傷を負った娘を治すため、親の医師が誘拐した若い女性の顔の皮膚を切り取って移植しようとする猟奇ホラー作品ですね。
ジョルジュ・フランジュ監督によるモノクロ作品です。美と醜が交錯する全編のビジュアルは、とにかく震えるほど美しい。物語もすごく好みですし、タイトルも秀逸。心理的な切迫感も相まって、切なさと恐怖が同居する至高の一本です。
——映画は、どこまでをホラーと定義するかによって、選ぶ作品も変わってきますね。
3本目は迷いますね。本質的なゾンビという存在の怖さを描いた『私はゾンビと歩いた!』(43)、幽霊という存在そのものがもたらす怪奇現象の恐ろしさを描いたジャック・クレイトン監督の『回転』(61)、あるいは機械そのものを制御不能のモンスターへと変貌させたトビー・フーパー監督の『マングラー』(95)あたりでしょうか。
邦画であれば黒沢清監督の『CURE キュア』(97)、近年の作品ではアリ・アスター監督の『ヘレディタリー/継承』(18)は物語の設定からキャラクター、結末に至るまで本当に素晴らしい作品でした。なかなか一本には絞れないですね(笑)。
これもホラーと呼ぶのかどうか難しいところではあるけど、僕の中では怖い映画だと思っているのは『レクイエム·フォー·ドリーム』(00)です。
『私はゾンビと歩いた!』(43) 出典:Filmarks(https://filmarks.com/movies/48431)
『マングラー』(95) 出典:Filmarks(https://filmarks.com/movies/2937)
出典:角川シネマコレクション 【予告篇】『CURE』60秒予告(https://www.youtube.com/watch?v=OryzULi9Tvc)
出典:Happinet phantom 【超恐怖】これが現代ホラーの頂点 11.30公開『ヘレディタリー/継承』90秒本予告(https://www.youtube.com/watch?v=H0JhliQDc4U)
出典:Klockworx VOD 2026年2月6日(金)公開『レクイエム・フォー・ドリーム 4Kリマスター』|本予告(https://www.youtube.com/watch?v=7gF2m3TDuac&t=1s)
© 2000 Requiem For A Dream, LLC. All Rights Reserved.
——ごく普通の人々が、薬物に手を出したことで破滅してゆく様子を描いた作品ですね。
ダーレン·アロノフスキー監督の映画で、僕のオールタイムベストに入る一本です。映画で使用された音楽や音、ヒップホップ・モンタージュは映画同様、中毒性があります。アロノフスキーは『ブラック・スワン』(10)でも今敏監督の『PERFECT BLUE』(98)からの影響を感じさせますが、その『PERFECT BLUE』も僕にとっては、重要なサイコスリラーの名作です。
今年の4Kリマスター版の上映では、いつもとは違って新宿武蔵野館の最前列で見てきました。新宿武蔵野館は劇場内の座席の傾斜があまり大きくないので、誰かに前に座られるのが嫌で(笑)。初回の一番前で見ました。
出典:Filmarks【予告編】『PERFECT BLUE』4Kリマスター版 11月21日(金)より1週間限定で全国リバイバル上映!(https://www.youtube.com/watch?v=ajo8ToWYYZA)
©1997 MADHOUSE
——恐怖映画という視点で見た、怖さのポイントは?
これはドラッグをテーマに「依存」の恐怖を扱った物語です。映画には「モンスター映画」というジャンルがあります。フランケンシュタインの怪物やドラキュラのように、外部から現れる怪物が一般的ですが、僕の中では、『レクイエム・フォー・ドリーム』のほうが、モンスター映画の本質に近い作品なのではないかと思っています。
従来のモンスターは目に見える存在です。しかし、この映画で描かれるモンスターは、自分自身の内側に潜んでいます。報酬的快楽と恐怖のあいだで依存が肥大化し、やがてそれは恐怖の幻影へと姿を変え、徐々に表面へと現れてくる。恐怖は外から与えられるものではなく、自らの内部で止めどなく生成され続け、人がモンスターになっていくように描かれています。
この作品をホラー映画と呼ぶべきかどうかは意見が分かれるかもしれません。しかし僕にとって、本当の意味でのモンスター映画とは、こういう作品なのです。
——怖いものは内側にいる?
そういうイメージを持っていますね。自分自身が作る幻みたいなやつが一番、怖いです。特に『悪魔のいけにえ』『顔のない眼』は常にオールタイムベストに入っています。もちろん、近年だと『エスター』(09)とか『M3GAN/ミーガン』(23)みたいなキャラ押しの軽いホラー映画も楽しくて、好きですけどね。
『ラビッド』が自分の源泉
——スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(80)もホラー映画の定番として知られています。
僕の中では、『シャイニング』はサイコホラー映画ですね。
『ROOM 237』(14)に代表されるように、『シャイニング』を解読するブームがありましたが、僕も1999年頃、DVDを何度も止めながら、「この映画にはどんな仕掛けがあるのだろう」と夢中になって分析していました。
多くの人も気づいていると思いますが、劇中にはホテルの庭園にある迷路の俯瞰図が映り、カメラがゆっくりと上昇していく場面があります。その図形を見た瞬間、「これは脳を上から見たときの簡略図ではないか」と思ったんです。
そう考え始めると、ほかのビジュアルも気になってきました。「部屋に飾られている絵にはどんな意味があるのか」「ソファはいくつ置かれているのか」と、一つひとつ調べ始めたんです。
出典:ワーナー ブラザース 公式チャンネル 4K ULTRA HD【予告編】『シャイニング』(https://www.youtube.com/watch?v=uCfzgiULudY)
——その一個一個に意味がある?
もちろん、これはあくまで自分なりの分析ですが。
ジャック・トランスが狂気へと陥っていくのにも、風水ではありませんが、部屋の構成や配置、部屋同士の位置関係に何か理由があるはずだと考えました。部屋に置かれた大量のソファや鳥の絵、暖炉、ピアノ、毛皮といったオブジェクトも、すべて意図的に選ばれているはずです。ダニーが三輪車で走るルートや、特定の部屋の位置にも何か意味があるのではないかと思いました。それらを一つひとつ結びつけていけば、別の構造が見えてくるのではないか、と。キューブリックが、それらを無意識に配置しているとは到底思えませんでした。
最終的にジャックは迷路へと誘われますが、あの迷路は脳内を模した空間であり、実は自分自身の脳内へ侵入していくという入れ子構造だったのではないか、と解釈が可能です。
さらに、三輪車でホテル内を走り回る息子のダニーも、ジャックのテレパシーのような意識の投影だったのではないか。極端に言えば、実際にオーバールック・ホテルに存在していたのはジャック一人だけだったのではないか、とまで考えていました。
すべてがあまりにも巧妙に仕掛けられていて、「これはもうホラー映画という物差しだけでは測れない」と感じましたね。まだインターネットが発達していなかった時代でしたが、自分で手がかりを拾い集めながら分析していく過程そのものが、とても面白かったのを覚えています。

——恐怖映画を得意とする監督で、お好きな作家はいらっしゃいますか。
自分が一番多感だった高校生ぐらいの時期にどストライクだったのは、デヴィッド・クローネンバーグ監督。次にデヴィッド・リンチを好きになって、何かデビッドばっかり好きになって。デヴィッド・フィンチャーも好きになって、そう言えばミュージシャンでは、デヴィッド・ボウイも好きだなみたいな感じで(笑)。
——クローネンバーグ監督もかなりお好き?
デヴィッド・クローネンバーグ監督の『ラビッド』(77)こそが、自分の源泉なのかもしれません。あの作品に出会っていなければ、おそらく美術をやっていなかったと思います。
脇からペニス状の突起が生えてくるという設定そのものが衝撃的で、身体というものの在り方が根底から裏切られた感覚がありました。「えっ、こんなところから身体が乗っ取られていくの?」という驚きとともに、それまで抱いていたホラー映画の常識が一気に覆されたのを覚えています。
単なるショッキングな演出ではなく、身体がいかに変容し、改造され得るのかという哲学そのものを映像化した作品として、クローネンバーグ監督の思想にはずっと強く惹かれています。
出典:ハピネットピクチャーズ 「ラビッド」DVD 10/2発売(https://www.youtube.com/watch?v=Y2Az-V45JAY)
——恐怖映画は、いろいろな見方をする愉しみがありますね。お話を聞くと小谷さんの映画愛が伝わってきます。
映画館に行くと、その時間だけはすべてを忘れられるんです。スマートフォンからも日常からも切り離されて、完全に別の世界へ没入できる。あの時間がたまらなく好きなんですよ。
そして、自分にとって本当に興奮できる作品に出会えた瞬間の喜びは、何ものにも代えがたい。まだ知らなかった世界や感覚を発見できるからこそ、ずっと映画館へ足を運び続けています。
——ありがとうございました!
Profile
小谷元彦
1972年京都府生まれ。
美術家・彫刻家。初個展「ファントム・リム」(1997)をP-House 代官山で開催。ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館(2003)をはじめ多くの国際展に出品。立体作品だけでなく、写真や映像など、多様なメディアを使った作品も発表し、高く評価されている。


